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『レディ・ジェーン・グレイの処刑』 by ポール・ドラローシュ

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    もはや"それ"を避ける術はなく、ただ"それ"が行われる事はそこにいる総てのモノが関知し関与するのを理解しているのにも関わらずに、"それ"が行われる事から逃れようとしている。
    己は当事者でない。手を下すのはあのモノだ。そして、手を下されるのはあのモノだ。
    その想いが救いであると同時に、その後ろめたさがいつまでもこころに遺る。


    作品名:レディ・ジェーン・グレイの処刑
        The Execution Of Lady Jane Grey
    画 家:ポール・ドラローシュ
        Paul Delaroche
    美術館:ナショナル・ギャラリーイギリスロンドン
        The National Gallery, London, England


    "それ"は、15542月12日17歳レディ・ジェーン・グレイ / Lady Jane Greyは、ロンドン塔 / The Tower Of Londonで処刑されました。僅か在位9日間の女王 / Queen Regnantです。
    彼女は、ヘンリー八世 / Henry VIII Of Englandの妹の孫にあたる方です。ヘンリー八世 / Henry VIII Of Englandと言えば、己の離婚〜再婚問題からローマ・カトリック / The Roman Catholic Churchから破門されて、イングランド国教会 / Church Of Englandを設立した人物。彼には6人の妻 / The Six Wivesがあり、それが原因なのか、それとも、宗教的な対立が原因だったのか、彼の死後、その後継を争う政争が興り、その渦中に巻き込まれてしまった一人が彼女です。

    わたしがこの作品を知る事になった『世界名画の旅〈5 ヨーロッパ北部編〉』では、「心の底にあるこわいもの見たさや残虐趣味に、これでもか、これでもかとおもねってくる」とあり、作品の中のリアリティーや生々しさを抽出しています。

    でも、わたしがこの作品に観るモノはそれとは逆のもの。むしろ、虚構性や演出美の方に眼を奪われます。つまり、演劇的な采配、ドキュメンタリー / Documentaryというよりもドラマツルギー / Dramaturgyを観てしまうのです。

    作品が描かれたのは、1833年。実際に"それ"が行われてから200年が経過しています。

    悲嘆にくれるふたりの侍女達の、過剰とも言える表情や身振り。
    死刑執行人の静かな佇まいと沈鬱な表情。
    両眼を塞がれる事によってより強調される、虚無とも純真ともとれる女王の頬。彼女の純白のドレス。
    そして彼女を文字通り"導いている"聖職者は、一体、なにを囁きかけているのか。来るべき神の国の言葉か、それとも真逆の、悪魔の囁きか...。
    わたしは、この次の瞬間、画面が暗転し、鐘の音が聴こえて来ても不思議ではない、そう想うのです。

    だから、彼女の死を描いた作品(こちらのサイトでいくつもいくつも紹介されています)や、彼女以外の処刑や死の瞬間を描いた作品は数多くありますが、その演劇性という意味では、ジャック=ルイ・ダヴィッド / Jacques-Louis Davidの『ソクラテスの死 / La Mort de Socrate』に、通じるのではないか、そんな気がするのです。



    なお、夏目漱石 / Soseki Natsumeは、自身のロンドン / London留学の体験であるこの作品をモチーフに、幻想譚とも呼べる『倫敦塔 / The Tower Of London』をものしています。以下、ちょっと長いのですが、この作品が登場するところを引用しておきます。

    気がついて見ると真中に若い女が坐っている、右の端には男が立っているようだ。両方共どこかで見たようだなと考えるうち、瞬たくまにズッと近づいて余から五六間先ではたと停る。男は前に穴倉の裏で歌をうたっていた、眼の凹んだ煤色をした、背の低い奴だ。磨ぎすました斧を左手に突いて腰に八寸ほどの短刀をぶら下げて身構えて立っている。余は覚えずギョッとする。女は白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探すような風情に見える。首を載せる台は日本の薪割台ぐらいの大きさで前に鉄の環が着いている。台の前部に藁が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎と見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉の形、細き面、なよやかなる頸の辺りに至まで、先刻見た女そのままである。思わず馳け寄ろうとしたが足が縮んで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探り当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。
    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 15:40 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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