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『記憶の固執(柔らかい時計)』 by サルバドール・ダリ

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    『<前略>ダリというこのスペイン人の画家の創り出した、やわらかい溶けかけている時計という途方もないイメージは私にとって全く思いがけないものであり、その映像のなかでの時間と永遠との残酷な出会いは、子供から大人になりかけていた私の自然な感受性を破壊してしまうほど強烈だった』
    (『超現実あるいは溶けた時計』より 『眼の沈黙』(中村真一郎著)収録)


    作品名:記憶の固執(柔らかい時計)
        La persistencia de la memoria
    画 家:サルバドール・ダリ
        Salvador Dali
    美術館:ニューヨーク近代美術館アメリカ合衆国ニュー・ヨーク
        The Museum Of Modern Art, New York, USA


    わたしがこの作品に出逢ったのも、多分「子供から大人になりかけていた」頃の事だと想いますが、わたし自身がその時に抱いたこの作品への印象とは随分と違うのです。

    いつどの様な状況下で、わたしがこの作品を初体験したのかは憶えていません。図書館に据えられた豪華な美術書の一頁であったのか、それとも、文具店の片隅にしつらえてあるポスター売場か。いずれにしても、この作品と同時期に輩出した美術の潮流とその構成要素である作品群の中の、そのひとつとして出逢ったのだと思います。

    つまり、わたしがこの作品に触れる時には既にそれは、歴史の中の一端であり、消費される商品のひとつとなっているのでした。
    だから、上で引用した様な、衝撃的であったり強烈であったりする印象とは無縁だったと思います。

    この作品が発表されたのは、1931年。恐らく、中村真一郎はほぼリアル・タイムにこの作品と出逢い、この作品以前に出逢ったいくつもの美術作品との間にある隔たりに愕然としたのではないでしょうか。
    ある意味で、素晴らしくも羨ましくもある出逢いであると言えるのですが、それと同時に、時間そのものがもつ残酷さを知らしめられるモノでもあると思います。
    半世紀後の、わたしの体験とその印象の薄さと比べると。

    と、いう様な時間に対する感慨が、この作品のテーマのひとつである、と断定してしまうのは、大胆すぎる危険なモノでしょうか。

    ただ、個人的には、溶けかけている時計や、枝に干されている時計や、蟻に群がられている時計よりも、中央に描かれている白いモノの方が、気になって仕方ありません。
    なにかの生物の様でもあり、なにかの骨片の様でもあるソレの、長々しい睫毛が艶かしくも、悩ましくも観えると同時に、とても深い深い思索に耽っている様にも観えるのです。
    何故だか、"彼"だけがこの次に起こりうる事を、知り尽くしていてその時が来るのをただ只管に、ぢっと待っている様に想えるのです。

    ところで、ここに描かれている総てが抽象的な存在と化している中で、何故だか、画面右上の岸壁が非常に具体的なフォルムを持っています。
    もしかしたら、この岸壁にはモデルがあるのではないだろうか。彼の少年時代の体験とかが描かれているのではないだろうか。
    そう考えて、もしかしたら実際の光景を描いたのでと想って捜してみたら、ありました。

    ジョン・フレデリック・ケンセット / John Frederick Kensettの『マサチューセッツ州ベヴァリーの海岸からの眺め / View Of the Beach At Beverly, Massachusetts』と言う作品、1860年の制作です(邦題はわたしが訳しました。正式な邦題をご存知でしたらお教え願います)。
    崖の景観もそっくりですし、まるで橋が架かった様に観える砂州も、あります。
    さらに言えば、『記憶の固執(柔らかい時計) / La persistencia de la memoria』左上に置かれているボートと同じモノが、縮尺こそ違うモノの、『マサチューセッツ州ベヴァリーの海岸からの眺め / View Of the Beach At Beverly, Massachusetts』に発見出来ます。

    この文章を書くにあたり、ネット検索で偶然にこの『マサチューセッツ州ベヴァリーの海岸からの眺め / View Of the Beach At Beverly, Massachusetts』に出逢えてしまったので、『記憶の固執(柔らかい時計) / La persistencia de la memoria』と関係があるのかどうか解りません。
    ジョン・フレデリック・ケンセット / John Frederick Kensettが描いた光景と同じ光景を現地で実際にサルバドール・ダリ / Salvador Daliが描いたのか。ジョン・フレデリック・ケンセット / John Frederick Kensettが描いた光景と偶然にもサルバドール・ダリ / Salvador Daliの心象風景が一致してしまっているのか。それともサルバドール・ダリ / Salvador Daliが意図的に『マサチューセッツ州ベヴァリーの海岸からの眺め / View Of the Beach At Beverly, Massachusetts』を引用したのか。
    実は、『マサチューセッツ州ベヴァリーの海岸からの眺め / View Of the Beach At Beverly, Massachusetts』と『記憶の固執(柔らかい時計) / La persistencia de la memoria』との類似性は既に有名なモノで、わたしが大騒ぎする程のモノでもないのか。それとももしかしたら、ホントに新発見なのか。
    どなたかご存知の方がいらっしゃったのならば、お教え願いますです。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 10:38 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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