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"The Circle Game" by Joni Mitchell(『サークル・ゲーム』 by ジョニ・ミッチェル)

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    花が咲いて花が散って、若葉が芽吹いて、今や翠や緑の樹々が眩しいばかりです。
    この季節、時の経つのがはやくてはやくて、いつも置いてきぼりを喰らいそうな気がしてなりません。


    あるひ、ひとりのあるぼうやがうまれたの
    びんのなかにつかまえたとんぼをめずらしがって
    そらになりひびくかみなりにおそれをなして
    ふるほしのうつくしさになみだぐむ そんなこよ


    その後そのこに季節がめぐるその数いくつ 10のかず
    こおったみずのながれのうえをすべる冬がくるのもまた10度
    もっとおおきくならなくちゃ、そんなことばをこのこはきかされて
    いつかそのときね、そんな約束がそのこにゆめをはぐくませる


    そしていくつもの季節がつぎからつぎへとめぐっていって
    いろどられたメリーゴーランドのこうまもあがってさがって
    時がおりなすおまつりさわぎに翻弄されて
    さっきまで座っていた席の
    ただの観客にはもうもどれない
    ぐるぐるぐるぐるまわってまわってまわって
    おいかけごっこのわのなかで


    16のはると16のなつもいまやすぎ
    荷馬車の輪回しもクルマにかわって街をゆく
    そんなかれに周囲がいうのはこんなこと
    おいて足腰がたたなくなるその日まで
    そんなに時間があるわけではない
    わかいときこそ貴重な時間だ


    そしていくつもの季節がつぎからつぎへとめぐっていって
    いろどられたメリーゴーランドのこうまもあがってさがって
    時がおりなすおまつりさわぎに翻弄されて
    さっきまで座っていた席の
    ただの観客にはもうもどれない
    ぐるぐるぐるぐるまわってまわってまわって
    おいかけごっこのわのなかで


    年月はつぎからつぎへとめぐってそのこもいまやはたち
    ゆめはいくつかきえうせたけどすこしはおとなになったかも
    あらたなゆめもいくつかあって質も量も以前をうわまわる
    ひとめぐりするそのまえの年よりもさらにさらに


    そしていくつもの季節がつぎからつぎへとめぐっていって
    いろどられたメリーゴーランドのこうまもあがってさがって
    時がおりなすおまつりさわぎに翻弄されて
    さっきまで座っていた席の
    ただの観客にはもうもどれない
    ぐるぐるぐるぐるまわってまわってまわって
    おいかけごっこのわのなかで


    「サークル・ゲーム / The Circle Game」と謂うと、日本語では山手線ゲームをさす場合もあるそうですが、勿論、ここに登場する「サークル・ゲーム / The Circle Game」は、山手線ゲームぢゃあありません。欧米では非常にポピュラーな遊びらしいのですが(英語サイトですがこちらでルールの詳細が解ります)、それに相応しい訳語はありません。かといって単純に仮名書きしても、そこに込められている意図は伝わらないでしょう。
    なので、そのゲームの基本中の基本(と謂うのは、この遊び、地域や年代によって、様々なヴァリエーションがある様なのです)を、想いっきり抽象化して解釈して、上の様にしてみました。

    この単語に限らず、実際に使われている語句本来の訳に囚われる事なく、自由に解釈しています。

    例えば「さっきまで座っていた席の / ただの観客にはもうもどれない/We can't return we can only look / Behind from where we came 」と訳した箇所。
    この訳文が出来た後に(訳す前に読んぢゃうとその解釈やその語法に引き摺られちゃうので)、他のいくつかのサイトをあたったら、皆さんの解釈とわたしのモノとが全然違います。
    吃驚して、双方を読み比べてみたら、許にしている原詞の表記が若干、違っている事に気づきました。
    殆どの解釈がよってたっている原詞は「わたし達はもどれない。わたし達はみるだけだ / We can't return, we can only look」とカンマ / Commaが打たれているのです。
    わたしが参照したのは作者のオフィシャル・サイトでのそれで(こちらです)、その上にある様にカンマ / Commaがありません。なので、わたしは関係副詞 / A Relative Adverbないしは関係代名詞 / A Relative Pronounが省略されていると解釈したのです。
    つまり、直訳すると「みているだけの場所へはもどれない」となって、それをさらに上の様に解釈してみたのです。

    それと同様に、「荷馬車の輪回しもクルマにかわって街をゆく / Cartwheels turn to car wheels thru the town」と訳した箇所。
    同じく、いくつかのサイトをあたったところ、その殆どが「(街をはしるのは)荷馬車からクルマになった」と謂う趣旨で解釈しています。つまり、年月が経て、時代が変わって、交通機関が変わった、と。
    ただ、わたしはなぜここに「車輪 / Wheel」と謂う単語が出てくるのだろうかと、考えました。
    勿論、韻を踏む為ではあるのでしょう。でも、それだけなのだろうか、そう思います。
    つまり、わたしは、一般的な世の中の叙景の変遷ではなくて、歌の主人公の行動の変遷ではないのだろうかと、考えたのです。
    幼い頃は、荷車の車輪で輪回し / Hoop Trundlingして遊んでいた少年が、成長して、いまはクルマを乗り回している、と謂う様な。そう解釈すると、遊び道具は進化したけれども、それを操るこころの中はちっとも成長していない、と謂う様なニュアンスが産まれて、次に出て来る周囲のヒトビトからの忠告が活きて来る、と思ったのです。

    如何でしょうか?

    曲の主題は、ある少年の成長期を描いたモノなのですが、それが語られる合間の、コーラス部で唄われている内容が、彼を突き放した様な、醒めた視線で語られているのが印象的です。
    ある意味、とっても残酷で、苦いうた、なのかもしれません。

    きれいな韻を踏んだ詞を、さらに、美しいメロディで聴かせるだけに、尚更、そんな気がします。

    for the movie "The Strawberry Statement" directed by Stuart Hagmann

    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : music * 00:00 * comments(8) * trackbacks(0) * -

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      comments

      >ジョニのファンさん

      ふたたびコメントと「ディープな話題」をご提供していただいて、ありがとうございました。

      前のわたしのコメント、言葉足らずですいません。

      実は、楽曲の背景は全然しらないのです。
      単純にいい曲だなぁと思って、手をつけたのです。
      唄われている歌詞を、聴き取りで理解できる程の英語力もないので、辞書を片手に調べ調べして、初めて唄われている内容を知ったのです。

      今回の、ジョニのファンさんにご提供していただいた情報には、驚かされてばかりなのです。
      Comment by るい @ 2016/12/15 2:12 PM
      ニールのエピソードはご存じなかったんですか?
      エピソード自体は知っていたけどオフィシャルサイトにあるのは
      知らなかったとか?
      まぁどちらでも良いんですが、日本語で検索すると

      この歌は20歳の誕生日を迎えて嘆いているニールにプレゼントした歌だ

      というのは見つかりますね。英語だとオフィシャルサイト以外にも
      もっと詳しく色々と見つかりまして、
      実は同時に自分自身のためにも作ったんだと言っています。
      https://en.wikipedia.org/wiki/Sugar_Mountain_%28song%29

      自分自身? ふ〜ん、なんて思ってたんですが、
      エピソードが見つかりました。どこまで正確か未検証ですが、
      ジョニは、10代の終わり〜20代の初め頃に未婚のまま
      娘を一人出産しているらしいんです。
      当時は未婚で出産すると言うのは殆ど無かったそうです。
      その娘は施設に預けられ、後に養子縁組として里親に出されました。
      ジョニの家族はその後10年間、誰もこの事を知らなかったそうです。

      この曲を作ったのはジョニが21〜22歳の頃ですから、もしかしたら
      妊娠中とか、出産したちょっと後くらいとか、そのあたりでしょうかね。
      まだ無名で、将来に大きな不安があったんですね。

      ちょっと、ディープな話題でした。
      Comment by ジョニのファン @ 2016/12/15 11:51 AM
      >ジョニのファンさん

      コメントと貴重な情報のご提供ありがとうございます。

      歌詞は、オフィシャルサイトのものを参照していたのですが、その下にあるニールのエピソードまでは気付いておりませんでした(汗)。
      Comment by るい @ 2016/12/15 10:42 AM
      サークルゲームという有名な遊びがあったんですね。
      知りませんでした。

      オフィシャルサイトの歌詞の下にこの歌にまつわる話が書いてあり、
      ジョニはあるステージで、

      ニールが、
      「僕はずっと、早く大人になりたいと思ってた。『待っててね、
      大きくなっらね』と言われるばかりで、
      やりたいことを何もさせてもらえなかった。
      大人になった今、やっと大抵の事をできる様になった。
      何だと思う?
      縄跳びとかジャックとか、そういった事さ。」
      と嘆いていた(訳はテキトーです)

      と言ったんですね。

      私は“The Circle Game”は単に人生の意味だと思ってたんですが、
      これもダブルミーニングだったのかと今更感心しています。
      ちなみにジャックについてはこちら
      https://www.youtube.com/watch?v=OwmCInS2pIM

      Cartwheels... は『荷馬車はクルマに...』
      ではない事は明らかですよね、
      ニールの嘆きと荷馬車は全く関係が無いですし。
      殆どのサイトがここを間違っていて、私は逆にビックリです。
      Comment by ジョニのファン @ 2016/12/15 7:45 AM
      > まりこさん

      ご返事ありがとうございます。

      カンマ / Comma云々と謂うのは、わたし自身の解釈と、いくつかの他のサイトでの解釈とを読み比べて、全然違う解釈だったので、吃驚したのが、元々の発端です。
      そこで詳しく読み比べてみたら、その基として寄っている英語詞が違う、つまり、カンマ / Commaのある歌詞とカンマ / Commaのない歌詞を発見してしまった、と謂うわけです。

      それで一生懸命理論武装して(なんてったってわたしはジョニ・ミッチェル / Joni Mitchellご本人のサイトに掲載されている歌詞を読んでいるんで)、持論を展開したと謂う訳です。

      記事を掲載した時は勢いだけで書いてしまっていたので、まりこさんからのご質問を頂いて、あらためて、いろいろ振り返ってみる事が出来ました。

      拙訳と拙ブログにおつきあいいただき、感謝しております。
      ご丁寧にお返事をお寄せいただき、こちらこそ、ありがとうございました。
      Comment by るい @ 2014/11/05 11:20 PM
      るいさん
      早速のお返事をありがとうございました。
      カンマがない点を重要視されたとのこと、とても細部に渡って見ておられると思いました。

      違う意見になるのですが、私は、カンマのあるなしは関係ないように思えています。
      We can't return
      We can only look
      この2つは対をなしているのではないかと思っております。
      また文法からみても、関係副詞と関係代名詞の省略は無理があるように思えます。
      しかしこればかりは作者の Joni Mitchell に聞かなくてはわからないかもしれないですね。
      歌の解釈は人それぞれでいいですよね。
      私にはるいさんの解釈がとても新鮮に映っています。

      そして、こんなにも早くかつ大変ご丁寧にお返事を書いてくださったことに感謝いたします。
      お手間をとらせました。本当にありがとうございました。
      Comment by まりこ @ 2014/11/05 10:54 PM
      > まりこさん

      コメントとご質問ありがとうございます。

      同じ事の繰り返しになってしまうかもしれませんが、そしてうまく説明出来るのか解りませんが、挑戦してみます。

      We can't return we can only look
      もしも、カンマ / Commaがあるとしたら、
      We can't return, we can only look.
      で一文ですが、カンマ / Commaの前の文節とその後の文節とは対等の関係になると思います。
      つまり、
      We can't return. We can only look.
      と謂うふたつの文章に分けても意味は同じで「わたし達はもどれない。わたし達はみるだけだ。」
      と謂う意味になると思います。

      でも、作者のサイトでの表記は、カンマ / Commaのない
      We can't return we can only look
      なので、前の文節と後ろの文節は、必ずしも対等の文章ではない可能性も出てきます(前の文節が主説で後ろの文節が従属節の可能性)。
      だからもしかしたら、関係副詞 / A Relative Adverbないしは関係代名詞 / A Relative Pronounが省略されている文章(文法的に正しいかどうかは別にして、歌詞なので大胆な省略もあるのではないかと)ではないかと考えると、以下の様な文章になると思います。

      We can't return (where) we can only look.
      もしくは
      We can't return (the place in which) we can only look.
      意味的にはどちらも同じで、
      「わたし達はみているだけの場所にはもどれない」と謂う意味になると思います。

      そして、何故戻れないのか、と謂う説明が、その次の行
      Behind from where we came
      「わたし達がきたところから遠く離れて」と謂う様な文が続いているのではないか、と考えたのです。

      以上です。
      ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
      長い文章で申し訳ありません。
      Comment by るい @ 2014/11/04 11:44 PM
      こんにちは。
      この曲が大好きでこちらにたどりつきました。

      質問なのですが
      We can't return we can only look / Behind from where we came

      ここで「関係副詞 / A Relative Adverbないしは関係代名詞 / A Relative Pronounが省略されている」と書かれているところ、もう少し詳しく説明していただけませんか?

      私にはそのようには読めなかったので、よろしかったらお願いたします。
      Comment by まりこ @ 2014/11/04 10:19 PM
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