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ニュースにあう(承前)

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    液晶画面にうかびあがった(脚注参照)その現場は、確かにあのビルだった。もよりの駅への最短距離で、なおかつ、通勤経路だから、イヤでもわかる。あのビルの前は、平日ならば確実にニ回は通る。今朝も通った、土曜日なんだけどさ。
    いつもはない、イカつい視線、昨日まではいなかった警備員が配置されている。正面玄関の脇にひっそりと献花がなされていた。

    脚注:液晶画面にうかびあがる。
    メディアとしてのTVと、ツールとしてのTVを、二つながらに体現する”ブラウン管”というタ−ムも、いずれは消滅してしまうでしょう。しかし、いまだ、それに代わる表現は登場していません。”液晶画面”では、必ずしもTV と完全なイコールで結ばれないしね、いまんところ。
    ずいぶん、まのびして、だらだらと弛緩した雰囲気がただよっていたし、大事な機材もうっちゃらかして、緊張感もへったくれもなかったけれども、かれらは確かに待っていた。そのビルの正面玄関にだれかが登場するのを。
    わたしが通りかかった時は、どう観てもそんなおもむきだった。
    例えば、JR新橋駅前の広場(目印はSLね)や、渋谷センター街入り口で、街頭インタヴューを試みようと待ち構えているかれらとは、やはり、違う。
    新橋では”おとうさん”、銀座では”おくさま”、巣鴨では”おばあちゃん”、のっぺらぼうのひとを捕まえてはぺろんと落書き、世代や世論の代表にしたてあげる。まぁ、かれらの欲しい役を演じてやってあげているわたしたちのようなものも、いるけれどもね。
    そのビルで待機しているかれらは、きっと、現場に出入りする関係者の「出」をしんぼうつよく待っていたのか、夕刻のニュースの現場LIVE 中継の為に待機していた、ただそれだけなんだろう。
    でも、舞台はとうのむかしにハネてしまっていたし、大向こうをうならせる主役も、舞台はもちろん、楽屋からもとっくに退出。カーテンコールに現れるはずもない。
    そんなことはとっくにわかっているさ、だから、かれらは手持ちちぶさたで、それだからこそ、待ち続けているのさ。

    でも、ひょっとすると?
    ふいに三島由紀夫の小説『 ">真夏の死』を思い出す。
    まさかぁ(でも、ふとよぎった疑念を一笑にできないのはなぜ?)。
    るい rui, the creature 4 =OyO= * diaries : diaries * 09:49 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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