<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< Kim Novak in "Picnic" | main | 詩『みしらぬ土地:At A Strange Land』 >>

『キリスト』 by フェルナンド・ボテロ

0
    「カーワーイーイ」


    作品名:キリスト
        Head Of Christ
    画 家:フェルナンド・ボテロ
        Fernando Botero
     

    と謂う言葉がこの作品の総てを語ってくれている様な気がします。
    南伸坊 / Shinbo Minami著『モンガイカンの美術館 / Mongaikan's Museum : Museum For The Outsiders』での、画家を紹介する文章の、表題がこれ。「カーワーイーイ」なのです。

    ふっくらして、ぽっちゃりして、そして、ほっこりとさせてくれるこの作品は、前回にご紹介した『彩絵女立俑(侍女俑) / Painted Pottery Female』と同種の趣きをたたえている様に思え、それが総てであるかの様な気がします。

    でも、次の様な指摘もあるのです。
    同じく南伸坊 / Shinbo Minami著『モンガイカンの美術館 / Mongaikan's Museum : Museum For The Outsiders』にあります。

    「カワイイ『キリスト』は、ちゃんと血が出てたりして、ずいぶんムゴタラシク、痛いはずなんだけど、まるでそんな感じがしない、好きで面白がって出血しているとしか思えない。」

    意外と残酷なのです。
    意外とスプラッターなのです。

    そして、次の様な事をわたしは考えてみたりもしています。

    もしも、本作品に描かれている様な人物がかつて実在し、『新約聖書 / Novum Testamentum』にある様な言動を行なっていたとしたら、その教えは現在までに至る普遍性を得る事が出来たのでしょうか。

    いやいや違う、違う。

    これまで幾つも描かれて遺されてきたその人物の肖像は、全部が全部だとは謂わないにしても、後世の画家達の推測や想像の結果なのです。
    だから、きっとわたし達の中にあるその人物の肖像は、『新約聖書 / Novum Testamentum』の言動から生成された、こうあって欲しいと謂う理想なのです。

    ぢゃあ、なんでこの画家は、その理想を裏切る様な、もしくはその理想のある一部分を過剰にしたこの様な作品を描くのか。
    それともこの画家にある、その人物の理想像がこれなのでしょうか。

    いやあ。
    もしかしたら本当に、その人物は本作品に描かれている様な、ふっくらとしてぽっちゃりとした人物なのかもしれません。

    そう考えだすと、本作品にある「カーワーイーイ」と謂う評価も2転も3転もしてしまいます。

    下に掲載するのはリチャード・ソルトーン / Richard Saltounによる『やわらかいキリスト / Zartlicher Christus (Softer Christ)』(邦題は英題名からの拙訳です)。
    上の作品と同じく1976年の作品です。
    尚、彫刻作品としての全体像を撮影した画像は、発見出来ませんでした。
    上の作品との対比と謂う視点で掲載したのです。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 09:20 * comments(0) * trackbacks(0) * -

    スポンサーサイト

    0
      スポンサードリンク * - * 09:20 * - * - * -

      comments

      entry your comments









      trackbacks

      このページの先頭へ