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『サロメ』 by ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

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    彼女が高々と掲げるのは、銀皿におかれたひとつの生頸。
    だが、誇らしげにこちらに向ける彼女の眼差しも相まって、凄惨さや残酷さは、微塵も感じられないのだった。


    作品名:サロメ
        Salome
    画 家:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
        Tiziano Vecellio
    美術館:プラド美術館スペインマドリード
        Museo Nacional del Prado, Madrid, Espana


    1550年頃に描かれた作品。

    画題は、『新約聖書 / Novum Testamentum』の『マルコによる福音書 / Evangelium secundum Marcam』等で語られている逸話で、このブログでも同画題の作品は何度も紹介しています。
    美しい頸と背中をこちらにみせているのがその逸話の主人公、サロメ / Salomeであり、銀皿にある生頸は洗礼者ヨハネ / John The Baptistです。
    本来ならばこの逸話は本来、洗礼者ヨハネ / John The Baptistの殉教を語るべきモノではあるのですが、古来より殉教の引鉄となった女性サロメ / Salomeに焦点があたった様々な作品が描かれています。洗礼者ヨハネ / John The Baptistの生頸は、サロメ / Salomeの美貌をより引き立たせるための役割に徹せられています。

    この作品もなんだか、生頸がそこにあると謂うよりも、その夜の宴の主菜の登場を描いた様にも見受けられるのです。
    (尤も、洗礼者ヨハネ / John The Baptistの生頸は結果的に、その夜の宴にはなくてはならないモノとなるのではあるのですが。)

    それもその筈で、同じ画家の1555年から1558年頃の作品に、全く同じ姿勢をもった女性を描いた作品『果物皿を掲げ持つ女性 / Girl With A Basket Of Fruits』(邦題は拙訳です)があるのです。その作品に描かれた女性が高々と掲げているのは、銀皿に山と盛られた果実です。

    それを念頭に置いたのか、美術評論『プラド美術館の三時間 / Tres horas en el Museo del Prado』(エウヘーニオ・ドールス / Eugenio D'ors1923年初版)ではこの作品を評して「『(洗礼者ヨハネの首を持つ)サロメ』に見たてて、娘ラヴィニアの水蜜桃のような背中をあらわにさせようが」と語っています。
    文中にある「ラヴィニア」とは、『果物皿を掲げ持つ女性 / Girl With A Basket Of Fruits (Lavinia)』のもうひとつの画題でもある『ラヴィニア / Lavinia』の事。そして、「ラヴィニア」とは女流画家ラヴィニア・フォンターナ / Lavinia Fontanaを指していると思われます。
    つまり、サロメ / Salomeラヴィニア・フォンターナ / Lavinia Fontanaと謂う連想がここで働くのです。

    下に掲載するのは同じ画家による同画題、『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ / Salome With The Head Of St. John The Baptist』です。1560年から1570年頃の作品。
    国立西洋美術館 / The National Museum of Western Art, Tokyo収蔵作品であります。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 10:15 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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