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『画家のアトリエ』 by ギュスターヴ・クールベ

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    がらんとした部屋。天井も高く奥行きも広い。
    そこにつめかけた多数のヒトビトは、一体、なにを求めているのだろう。そして、一体、なにを知ったのだろう。その部屋の中央にいるのはひとりの画家なのだ。
    彼の前にはおおきな画布が掲げられ、それはある光景を描いてある様にみえる。
    本来ならば、そこに描かれるべき裸婦がひとり、所在無げなのはきっと、おそらくそこに理由があるのだ。


    作品名:画家のアトリエ
        
    Atelier du peinter, Allegorie reelle determinant une phase de sept annees de me vie artistique
    画 家:ギュスターヴ・クールベ
        Gustave Courbet
    美術館:オルセー美術館フランス共和国パリ
        Musee d'Orsay, Paris, France


    1855年の作品。

    本作品は一度、こちらの頁で掲載してありますが、あらためてここで紹介します。

    その頁では次の文章を綴りました。そのコピー・アンド・ペイストです。

    「画面右側に集う人々は画家の賛同者であり、画面左側に群れる人々は、画家の敵対者だといいます。その中央で画家は、絵筆をふるっているのです。
    ギュスターヴ・クールベ / Gustave Courbetレアリスム / Le realismeの画家であると解釈されていて、また、彼自身も『レアリスム宣言 / Manifeste du realisme』を執筆しています。しかし、だからと言って、この作品にある様な環境の中で実際に、画家が作品を描く訳ではありませんよね。画家の心象風景に他ならない筈です。
    と、いうことは、つまり、....。」

    この続きを綴ればいいのですが、素直に文章を紡ぐ事が出来ません。
    なので、ちょっと異なる側面からみていきます。

    画家の背後、彼に寄り添う様にして、ひとりの裸婦が立ちすくんでいます。彼女はきっとモデルであって、彼女がそこにそんな出で立ちでいる以上、本来ならば画家は彼女を描くべきです。
    しかし、画家の面前にある制作中と思しき作品は、彼女ではなくて、ある光景が描かれています。
    裸体画ではなくて風景画なのです。
    もしかすると、その光景のなかに佇むひとりの裸女をこれからそこに加筆しようとしているのでしょうか。
    でも、この画家の主張やその作品をみるかぎり、それはありえない様な気がするのです(もしも彼女を描くとしたら、実際にその風景のある場所に彼女を連れていき、その場所で裸体を描きそうなのです)。
    仮想の美しい女性を描くのではなくて、現実にある美しい風景を描く。
    もしかしたら、それがこの作品の最大の主張なのではないでしょうか。

    下に掲載するのは、ジャン=ルイ=エルネスト・メッソニエ / Ernest Meissonierによる『ある画家 / A Painter, 1855』。上の作品と同じく1855年の作品です。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 09:18 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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