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"She (Tous les visages de l’amour)" by Elvis Costello(『忘れじの面影』 by エルヴィス・コステロ)

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    最近、シャルル・アズナヴール / Charles Aznavourの楽曲を幾つか聴いていた際に、おおエルヴィス・コステロ / Elvis Costelloのカヴァーだと思っていたらじつはその逆。シャルル・アズナヴール / Charles Aznavourの『忘れじの面影 / Tous les visages de l’amour』がオリジナルであったのでした。

    for the movie "Notting Hill" directed by Roger Michell

    あの娘のことは
    あのかおはわすれられないだろうな
    それはよろこびといたみのあと
    ぼくにとってのたからでもあり
    さもなければしはらわなければならないつぐない
    あの娘はなつにうたわれるうたでもあり
    あきがもたらすうれいかもしれない
    おそらく1日というときのなかで
    ちぢにみだれるおもいなのだ


    あの娘とはつまり
    美神でもあり獣神でもあって
    愛への渇望でも愛の饗宴でもあって
    その日その日が天にも地にもなるだろう
    あの娘はぼくの夢をうつしだすかがみであって
    みずのながれにうつるはかないえみでもあって
    けっしてみずからとじこもったあの娘が
    殻のなかにみるものではないはずなのだ


    あの娘はひとごみにまぎれるといつもしあわせそうにみえる
    なぜって、あの娘のひとみはだれのものでもなくけだかくみえるからだ
    だれひとりだってそのふたつからあふれるものをみせてはもらえない
    あの娘はふたたびまみえることがゆるされない愛の神なのかもしれない
    そしてはるかなむかしからぼくのもとへとあらわれたのだ
    そのことはぼくはしんでもわすれないだろう


    あの娘は
    ぼくがいきていくりゆう
    なぜ、なんのためにぼくはいきるのか
    つじつまあわせのとしつきをしのいでいくりゆうのひとつ
    あの娘をよろこばせもするしかなしませもするこのぼくの
    ぜんぶがぜんぶいきがけの駄賃になるってことさ
    あの娘のむかうさきがどこだろうとそこにぼくがいる
    ぼくの人生のそれが目的なのだ


    この曲ずっと「メイ / May」で押し通しているのですが、歌っている内容そのモノは、不確定な事柄ばかりではなくて、歌の主人公の確信めいた表白も随所に見受けられる様な気がします。
    唄われている女性の一面を比喩する、両極端な語句が並列されて、そのいずれを採るべきなのか逡巡しているさなかに、不意に断定めいた口調が登場するのです。
    だから、その解釈の匙加減で、全然、異なる理解になってしまうのではないでしょうか。いや、もしかすると、それ自体がこの曲の目論見ではないのかと思っているのですが?
    「彼女 / She」への想い、つまり愛するヒトへの想いはヒトそれぞれ、千差万別なんだよ、て。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : music * 00:00 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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