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『筋違内八ッ小路』 from 『名所江戸百景』 by 歌川広重

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    画面中央はすこんとぬけていてそこにはなにもない。
    右下から左上へと堤がはしり、その向こうに夕陽に染まる街並みがみえる。
    緑と赤の対比なのである。
    そして、その対比に応じるかの様に画面下、しずしずと行列が右下から左上へと歩んでいる。


    作品名:名所江戸百景 筋違内八ッ小路
        
    Yatsukoji, Inside Suijikai Gate (Suijikai-uchi Yatsukoji)
         for the series One Hundred Famous Views Of Edo
    画 家:歌川広重
        Hiroshige
    美術館:国立国会図書館東京都千代田区
        National Diet Library, Chiyoda City, Tokyo Metropolis


    画面右上のこんもりとした森にあるのは神田明神 / Kanda Shrineで、画面中央になにもないのは、そこが火除御用地 / Fire Retarding Division 、つまり防火対策の空間だからです。
    ここは、筋違御門 / Sujikai Gate、昌平橋 / Shohei Bridge駿河台 / Surugadai小川町 / Ogawamachi連雀町 / Renjyakucho、日本橋 (Nihonbashi)柳原 / Yanagiharaそして小柳町 / Koyanagi-choと8方向の路へと繋がっています。だから筋違内八ッ小路 / Yatsukoji, Inside Suijikai Gate (Suijikai-uchi Yatsukoji)
    画面下にうつる行列は筋違御門 / Sujikai Gateから神田橋御門 / Kandabashi Gateへと抜けていきます。

    たまたま読んでいた岡本綺堂 / Kido Okamotoの小説『半七捕物帳 / The Curious Casebook Of Inspector Hanshichi』の一扁、『柳原堤の女 / A Woman At Yanagihara Bank』その冒頭に、この場所の描写を発見しました。少し長いのですが、下にそのまま引用します。

    「やなぎ原の堤が切りくずされたのは明治七、八年の頃だと思います。今でも柳原河岸の名は残っていて、神田川の岸には型ばかりの柳が植えてあるようですが、江戸時代には筋違橋から浅草橋までおよそ十町のあいだに高い堤が続いていて、それには大きい柳が植え付けてありましたから、春さきの眺めはなかなかよかったものです。柳原の柳はなくなる、向島の桜はだんだん影がうすくなる、文明開化の東京はどうも殺風景になり過ぎたようですね。」

    下に掲載するのは、同じ画家による『神田明神 / Kandamyojin』です。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 08:51 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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