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『ペピータ・トゥドー』attribute to ギジェルモ・ダッカー

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    面長なかんばせ、二重のつめたいまなざし、そして、しろい肌はそのうなじをなまめかしくみせる。


    作品名:ペピータ・トゥドー
        Pepita Tudo.Oleo de Vicente Lopez
    画 家:伝ギジェルモ・ダッカー
        attribute to Guillermo Ducker
    美術館:ラサロ・ガルディアーノ美術館スペインマドリード
        Museo Lazaro Galdiano, Madrid, Reino de Espana


    1799年から1805年頃の作品。

    描かれた女性はペピータ・トゥドー / Pepita Tudo Oleo。当時、20歳から26歳です。
    彼女は、フランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goyaが描いたふたつの作品、『裸のマハ / La Maja Desnuda』と『着衣のマハ / La Maja Vestida』(2作品共にこちらで紹介済み)のモデルと看做されている人物のひとりです。
    と、謂うのは、その2作品のモデルが未だ特定されず、様々な噂や目測が生じているからです。
    フランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goyaが幾つもの肖像画(その一例『黒衣のアルバ女公爵(アルバ公爵夫人像) / The Portrait Of The Duchess Of Alba, The Mourning Portrait Of The Duchess Of Alba』はこちらで紹介済みです)を描いた第13代アルバ女公爵 / La Casa de Albaマリア・デ・シルバ・イ・アルバレス・デ・トレド / Maria Teresa de Silva Alvarez de Toledoがそのモデルではないかと疑われた、その有力な対抗馬がこの女性なのです。

    彼女はマヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyの愛人であり、マヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyはふたつの作品をフランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goyaに発注し、その作品を所有した人物なのです。それ故に、愛する女性の姿をマヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyが、その女性のふたつの姿の肖像画として、画家に発注した可能性はなくはありません。

    猶、1801年にフランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goyaは『マヌエール・ゴドイの肖像(オレンジ戦争指令官としてのゴドイ) / Manuel Godoy, principe de la paz』(こちらで紹介済み)を描いています。
    ですから、もしも、フランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goya自身が彼女の肖像画を描き、それを遺していたら、もう少し確実な事が判明したのかもしれません。

    裸のマハ / La Maja Desnuda』の制作年は1798年から1800年頃、『着衣のマハ / La Maja Vestida』の制作年は1798年から1803年頃です。
    ふたつの作品を描いた画家とその作品の所有者の、当時の状況は以下のとおりです。

    フランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goya1789年にカルロス4世 / Carlos IV de Espana宮廷画家 / Pintor de camaraとなって、その地位もその画業もその時頂点をなします。
    マヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyは、1797年に首相となるも1798年に解任、そして1801年にはその地位に返り咲きます。
    この間にふたつの作品は描かれたのです。

    そしてマヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoy1808年に失脚し、国外へと逃亡します。
    ペピータ・トゥドー / Pepita Tudo Oleoは、マヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyに従って、彼と亡命生活を共にします。彼の失脚によって、遺された彼の住居からふたつの作品が発見され、そこで物議と謎が誕生するのです。

    下に掲載するのは、ホセ・デ・マドラーソ / Jose de Madrazo y Agudoによる『ペピータ・トゥドーと二人の息子マヌエルとルイス / Josefa Tudo con sus hijos Manuel y Luis』(邦題は拙訳です)、1812年頃の作品です。
    当時、ペピータ・トゥドー / Pepita Tudo Oleoはおんなざかりの33歳。彼女とマヌエル・デ・ゴドイ / Manuel de Godoyとはローマ / Romaパラッツォ・バルベリーニ / Palazzo Barberiniにありました。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 08:36 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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