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『キリストの磔刑(サン・プラシドのキリスト)』 by ディエゴ・ベラスケス

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    初めてこの作品を知ったときは絶句した。こんなにもあからさまに描いていいのだろうか、と。
    それだけ差し迫るモノがそのときのわたしにはあって、そこに聖性や信仰心というのをみいだせなかったのだ。
    屍体、ひとりのおとこの死がそこにあると思ったのである。


    作品名:キリストの磔刑(サン・プラシドのキリスト)
        Cristo Crucificado (Cristo de San Placido)
    画 家:ディエゴ・ベラスケス
        Diego Rodriguez de Silva y Velazquez
    美術館:プラド美術館スペインマドリード
        Museo Nacional del Prado, Madrid, Espana


    1631年から1632年頃の作品。

    この作品が紹介されている美術評論『プラド美術館の三時間 / Tres horas en el Museo del Prado』(エウヘーニオ・ドールス / Eugenio D'ors著)には次の様な記述があります。

    「この肉体は、エル・グレコの場合のように醜くはない。そして、後のゴヤの場合のように美しくもない。さらにまた、ミケランジェロの場合のように競技者的な肉体でもなければ、幾人かのプリミティヴの画家の場合のように、蛆虫的でもない。気高い肉体であり、それですべてである。」

    その記述の後には、本作品の細部の詳細が著者の視点で語られており、読者は本作品を丹念に注視する事を促されます。
    ですが、その前に上の記述に引き摺られて、様々な作家の描く磔刑図 / Crucifixion Paintingに想いを馳せてしまうのです。

    例えば、エル・グレコ / El Grecoの『キリストの磔刑と2人の寄進者 / Le Christ en croix adore par deux donateurs』やフランシスコ・デ・ゴヤ / Francisco de Goyaの『キリストの磔刑 / Cristo crucificado』やミケランジェロ・ヴォナローティ / Michelangelo Buonarrotiの『キリスト磔刑像 / Crucifix』です。
    上の記述で指摘しているのが、それらの作品と謂う保証は必ずしもないのですが、その記述が指摘している点は、なんとなく思い当たる様な気がします。
    猶、「幾人かのプリミティヴの画家」とあるのは初期フランドル派 / Flemish Primitivesの事で、例えば、ヒエロニムス・ボス / Hieronymus Boschの『キリストの磔刑 / Crucifixion With A Donor』が該当するのでしょうか。

    この文章の冒頭に、本作品を初めて知った際の印象を書きました。
    但し、その印象がそのまま今のわたしのなかにあるとは必ずしも思えません。
    よくよく凝視めてみれば、頭部には聖性の象徴として光背 / Aureolaが描かれているのですから。
    単純に、イエス・キリスト / Iesusの死を描写したのではないのだなぁと思えるのです。

    下に掲載するのはレンブラント・ファン・レイン / Rembrandt Harmensz, van Rijnによる『キリストの磔刑 / Crucifixion』。上の作品と同じく1631年に制作されました。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 09:02 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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