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『世界の起源』 by ギュスターヴ・クールベ

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    それはそこにででんとあって有無をいわせない。
    そして、その題名がじろりとこちらをにらんでいる。


    作品名:世界の起源
        L’Origine du monde
    画 家:ギュスターヴ・クールベ
        Gustave Courbet
    美術館:オルセー美術館フランス共和国パリ
        Musee d'Orsay, Paris, France


    1866年の作品。

    作品に描かれているモノは、あけすけであけっぴろげで恥じらう風情など一切感じられません。
    でも、だからといって決して開放的でも快楽的でもないのです。

    丹念にみるわけにもいかず、だからといって無視することもできないのです。
    なんだか胸ぐらをぐいとつかまれて、これをみろ、とも、おまえがみたいのはこれだろう、ともいわれている様な気もします。

    これは美しいものなのだろうか。これは忌まわしいものなのだろうか。
    そんな逡巡はずっと脳裏をかすめているのですが、いつまでたってもそのこたえはえられません。

    そんな状況においこまれたわたしに、さらに迫ってくるのが作品名なのです。
    ご無理御尤、仰せの通りでございますと、いうしかありません。
    それは、言い訳がましい宣言の様にも思えますし、無意味に肩肘をはっている様にも思います。
    この作品名を得て、きっと画家は嗤っているのに違いありません。ただ、その嗤いをわたくし達は共有出来ないのです、きっと。

    本作は、日常、かくされている部位があけすけに暴かれていて、その一方で、普段、おおっぴらにされている部位が覆われています。
    しかも、この身体はあまりに具体的です。伝説や神話、伝承や物語に登場する美神や女神でもないのです。ましてや、女性のおかれているありさまやその立場、もしくは女性の肉体そのものを抽象化し、一般化して描いた作品でもないのです。
    名もあり実在する、特定のある女性のそれ、なのです。

    だからなのでしょうか。
    作品が発表されて以来、モデルの、つまり、この肉体の持ち主の同定が盛んにされています。
    一般には、画家やジェームズ=アボット=マクニール・ホイッスラー / James Abbott McNeill Whistlerのモデルを勤めていたジョアンナ・ヒファーナン / Joanna Hiffernanとされていますが、最近になってクロード・ショプ / Claude Schoppコンスタンス・ケニオー / Constance Queniauxであると謂う説を発表しています。

    ところで、ふとこんな事を考えてしまいます。
    顔を隠しているのはよしとしても(しょうがないとしても)、ふたつの腕はどうなっているのかなぁ、と。
    その二本が隠されているから、とても息苦しい作品に思えてしまうのかなぁ? と。

    下に掲載するのはアニッシュ・カプーア / Anish Kapoorによる『世界の起源 / L'Origine du monde』。2004年の作品です。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 08:31 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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