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詩『たはぶれせんとやうまれけん:La Vida es un carnaval』

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    Mに

    シナリオはそのページからやぶられてあった。どの版もだれのものも。えんじられるべき物語のとちゅう、そこからさきが行方不明となったのである。だがだれもあわてない。公演はまぢかだ。でもだれも危惧しない。なんどもなんどもつみかさねた練習がある。それゆえ、どの演者もどの裏方もすでにその物語の結末へといたる部分を習熟していたのである。遺失物をさがすよりも、自身の記憶と体験をなぞるほうが、はやくしかも堅実だったのだ。だからだれも、その喪失をおしむものはない。ないものはないものとして、のこされた時間をべつのかたちでおぎなうことにちからをそそいだのだ。
    そうして一週間、マチネをふくめた十数回の公演は始まったのである。
    すべての演技が、全ての演出が毎回、おなじならば、特筆すべきことはなにもない。いや、通常の公演ですらそのようなことは皆無だから、おおごえで報告すべきかもしれぬ。なにもかも完璧であった、と。そして、それはうしなわれた頁に所以するものであると。なぜならば、よってたつ規範がない以上、だれもそれに朱をいれられないのだから。
    では、実際にはどうだったのか。残念ながら十数回の公演すべてにあしをはこんだものは誰一人としていないのだ。だからすべては一期一会、演技や演出に破綻があろうとなかろうと、その一週間に物語の内実が変質しようと、あるがままのそれをうけいれるしかないのであった。それは観客のみならず、俳優、裏方、すべての関係者をふくめてのことである。
    るい rui, the creature 4 =OyO= * poetry : sonnet * 00:00 * comments(0) * trackbacks(0) * -

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