<< October 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< Myrna Loy in "The Thin Man" | main | 詩『ふるえる:Quivered』 >>

『お堀』 by 横尾忠則

0
    ある城の周囲をへめぐる堀を泳ぐひとりの女性。おおきくみひらかれた両の眼、これもまたおおきくひらかれた口からは水が吐き出されている。必死なのだ。にも関わらずに、そこにあるのは迫真ではない。単なる滑稽である。おおきくうしろへと掻きだした右腕にあるくろぐろとした腋毛と、彼女のかぶる水泳帽を彩るきいろい大輪がそれに拍車をかける。
    あおい空、澄んだ水にそれがはえてあおくみえる。


    作品名:お堀
        Moat
    画 家:横尾忠則
        Tadanori Yokoo
    美術館:徳島県立近代美術館徳島県徳島市
        Tokushima Modern Art Museum,
        
    Tokushima City, Tokushima Prefecture

    1966年の作品。

    画家の自著『名画 裸婦感応術 / How To Feel Female Nudes In Masterpieces』の中の1章である『天国と地獄が同居する世界 / The world Heaven And Hell Living Together』、クロヴィス・トルイユ / Clovis Trouilleの『魔術師 / Le Magicien』(こちらで紹介済み)を紹介する文中に次の様なくだりがあります。

    「ぼくは60年代に初めて東京で個展をした時、出品した作品のピンクの肌の女達全てに脇毛を描いたことがある。むしろ脇毛を描くことによって絵画のタブーを破るという目的からだった、ついでに彼女達の目にはこれまたタブーの睫を描き、歯を剥き出させた。そのことによって当時の美術界はぼくの作品は絵画ではなくイラストとして判定を下した」

    絵画とイラストは一体、どこが違うのか。そしてそれを描く両者、画家とイラストレイターの違いは一体、どこにあるのか。煎じつめて考えると、きちんとした定義はわたしになかにはありません。
    ですが上掲の引用文にあることばを信用すると、この画家が本作を発表した当時は、その区別は、脇毛 / Armpit Hairや睫 / Eyelashesを描くや否やにあった様に見受けられます。
    それを前提とすると、混乱するばかりです。

    そして、上の文章に続いて次の様な文が顕れるのです。

    「でもあれから30年経った今はちゃんと絵画として美術館にコレクションされている」

    よかった、よかった。

    と、謂う事ではないのですね。
    画家が自著で自身の作品を掲載し、その作品の顛末を綴ったのは、画家として、絵画として評価されないクロヴィス・トルイユ / Clovis Trouilleと謂う人物と彼の作品群を擁護する為のモノなのですから。
    つまり、わたし達にはいまだに未解決の問題として、絵画とイラストの差異、画家とイラストレイターの差異が遺っているのでしょう。

    猶、作者は自著に於いては作品前面に大きく描かれた女性の事についてしか語っておりません。ですが本作の題名は『お堀 / Moat』。
    背景として中央にそびえる城郭は、こちらにある画家自身のことばによると犬山城 / Inuyama Castleです。

    下に掲載するのはトビーン / Tobeenによる『泳ぐひと / The Swimmer』(邦題は拙訳です)。
    制作年を調べきれなかったのですが、トビーン / Tobeenの生没年は1880年〜1938年です。
    上の作品にある女性とくらべると、とても優雅な、やさしいおよぎです。


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 08:49 * comments(0) * trackbacks(0) * -

    スポンサーサイト

    0
      スポンサードリンク * - * 08:49 * - * - * -

      comments

      entry your comments









      trackbacks

      このページの先頭へ