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『春琴抄』 by 谷崎潤一郎

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    盲目の美少女にして、超一流の三味線奏者の春琴と、彼女に仕える丁稚の佐助の物語です。

    Seven Japanese Tales』 including "A Portrait of Shunkin"(left side) & 『春琴抄』(right side)

    書名:『春琴抄
    英題:"A Portrait of Shunkin" included in "Seven Japanese Tales"
    著者:谷崎潤一郎 / Tanizaki Junichiro
    発行:新潮文庫新潮社


    大阪の薬種商の"お嬢様"と下男の物語は、佐助が春琴に弟子入りして三味線 / the Shamisenを習いはじめるあたりから、歪んできます。
    春琴の厳しい稽古は、己の不自由な身体の憂さ晴らしの為だけでしょうか?
    春琴は佐助そっくりの子供をもうけます。
    そして...。

    純愛というには、あまりにも不器用な愛、異常な愛というには、あまりに潔い愛が描かれている小説です。

    これまでに何度も映像化されていて、1976年には、山口百恵 / Momoe Yamaguchi(春琴)と三浦友和 / Tomokazu Miura(佐助)による映画も制作されたようです。

    映画『春琴抄西河克己 / katsumi Nishikawa監督作品
    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : comics and literature * 13:44 * comments(4) * trackbacks(0) * -

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      comments

      A-chanさん

      コメントありがとうございます。
      わたしは、小説を読んだ後に、テレビ放映で山口百恵と三浦友和版の映画を観ました。だから、小説での淡々としていて、にも関わらずに濃密な世界を妄想させる描写に耽ったままで、その映画を観ると、あぁ、こんな解釈もあるんだなぁという発見もありました。
      犯人も誰だか解らないからこそ、佐助も犯人捜しへ向かう術もなく、自傷せざるを得なかったのだと思います。
      春琴がああゆう性格になってしまうのは、理解出来なくはありません(ハイジに打ち解ける前のクララ)。でも、それを引き受けてしまう佐助という人物に関しては、やっぱりよく解りません。少なくとも、わたしは佐助にはなれないでしょう。
      だからと言って、では春琴になれるのかというと、それを許容させる才能も美貌もないのです(泪)。
      Comment by るい @ 2010/12/14 10:23 AM
      初めまして。
      「春琴抄」を映像で見たのは、山口百恵と三浦友和の映画が最初でした。谷崎潤一郎原作の古典文学という事で、原作を読んでみたのですが、春琴と佐助がどのような人物だったかが淡々と語られているだけなので、これをよくあれだけの濃厚なラブストーリーに演出したものだと、思わず唸ってしまいます(ウーン!)。
      春琴の顔に熱湯を掛けて大火傷を負わせた犯人は、映画では春琴に袖にされた弟子らしい事にされてましたが、ただこ奴が一番クサいというだけで、実際には容疑者は他にも大勢いたようですね。何しろ、美貌・才能・高ビーな態度と、春琴は多くの人々に妬みや恨みを買っていたらしいですから、彼女の周りはクサい奴でいっぱいという訳です。
      そんな毒の強い性格の春琴に献身的、それこそ盲目的に尽くす佐助って、典型的な「蓼食う虫型」なんでしょうかしら?(例:オバQ&U子)
      それでも、百恵ちゃんの演じた春琴にはまだ可愛いところがありましたね。普段は佐助に高ビーな態度を取っていても、何か自分に危険が及ぶと「タスケ!サスケテー!!」の人でしたから(笑)。
      Comment by A-chan @ 2010/12/14 1:34 AM
      > minさん

      >るいさん谷崎の世界はok派ですか
      どうなんでしょう?
      文芸書の解説みたなので、粗筋とか書いてあるのを読むと、興味はわくんですけれども、実際に読むと、負けてしまう事が多いです(谷崎に限らず)。

      この作品は、現実味があんまりなくて、残酷な、おとぎ話とか童話の様なイメージで読んでいたので、意外と抵抗がなかったです。

      現実味とかリアリティが強いとダメなのかもしれません。

      太宰とかも読んだ時は、ちょっと立ち直れなかったですね。
      程度の差こそあれ、『人間失格』の主人公の様な"やさしさ"は、誰しももっているものですよね?
      その"やさしさ"が本人にとって、必ずしも良い結果をもたらさないから、なおさら、苦い読後感が残ります。
      Comment by るい @ 2007/11/05 6:58 PM
      わたしも読みました

      るいさん谷崎の世界はok派ですか

      もっと若かった頃、救いのない物語も平気で
      読んでいたのですが、今は読めないだろうという気がします
       経験則が増えてるはずなのに、痛々しいものに
      まっすぐ目をむけられなくなってるというか
      いや、経験則が増えてきたから
      世の中のきたないところ(言葉にすると青いなぁ)が
      見えてきて、わざわざ文学の世界でまで救いのないものに
      浸りたくない、傷つきたくないっていう気持ちが強いのかもしれない。
       (ところでこの本、英訳もされているんですね。)
       今私は久しぶりに太宰の『斜陽』を読んでいますが
      太宰も救いがないものは受け付けなくなってますねー
       人間失格とかなんで平気で読めていたんだろう。
      Comment by min @ 2007/11/05 2:21 AM
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