<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 『そして誰もいなくなった』 by アガサ・クリスティー | main | 詩『桜 様々な肢態』 >>

『アダムの創造』 by ミケランジェロ・ヴォナローティ

0
    神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。 / And God said, Let aus bmake cman in our dimage, 』(from 『旧約聖書 創世記 第1章 / The Old Testament Genesis Chapter 1)

    まさにその瞬間を描いた作品です。

    作品名:アダムの創造
        Creazione di Adamo
    画 家:ミケランジェロ・ヴォナローティ
        Michelangelo Buonarroti
    美術館:システィーナ礼拝堂バチカン
        Cappella Sistina,
        Status Civitatis Vaticanae / Stato della Citta del Vaticano


    でも。個人的に気になるのは、天にいらっしゃる神が差し伸べる御手が、アダム / Adamに到達していないところです。土塊から産まれたばかりの彼の左手が、力なく伸ばされているのも、気になるのですが、それ以上にふたりの指先が接するのか接しないのか、とても微妙な場所にあるのが、わたしにとってはとっても不思議な印象です(多分、この指先の描写が映画『E.T. / E.T. the Extra-Terrestrial』のあれになったのでしょうね?)。

    ある意味とても象徴的で教訓的な意味合いを持っているともおもいますが、なにせ、この作品が掲げられているのがシスティーナ礼拝堂 / Cappella Sistina、つまり、神のいらっしゃる場所に最も近い場所であるのです。だから、神の御加護がもっと具体的に分かりやすく描かれていてもしかるべきなのに...と想えて仕方がありません。

    例えば、この作品を映画冒頭のタイトルバックに使用している『ベン・ハー / Ben-Hur』(何度も映画化されていますが、1959年発表の主演チャールトン・ヘストン / Charlton Hestonウィリアム・ワイラー / William Wyler監督作品です)では、流刑地に引き立てられていく主人公ベン・ハー / Ben-Hurナザレのイエス / Jesus of Nazarethから一杯の水が手渡され、今度は逆に、ゴルゴダの丘 / Calvary / Calvariaに引き立てられていくナザレのイエス / Jesus of Nazarethへ主人公から一杯の水が手渡されます(しかも、どちらも獄吏の邪魔にあって満足に喉を潤せないのですが)。

    尤も、この作品は、『アダムの創造 / Creazione di Adamo』単体でとりだして観るのではなく、この作品も含めミケランジェロ・ヴォナローティ / Michelangelo Buonarrotiが描いた壁画総て、つまり、実際にシスティーナ礼拝堂 / Cappella Sistinaという場所にたって、その全部を観て、初めて理解出来るものかもしれません(ってことは、バチカン / Status Civitatis Vaticanae / Stato della Citta del Vaticanoまで行って観て来い!と)。

    ところで、1981年から1994にかけて行われた大修復 / The Restoration of the Sistine Chapelで、描かれた当時の彩色を本作品は取り戻していますが、逆に、時代を経る事によってのみ得る事の出来るナニモノかも喪われた様な気もします。
    だから、下の画像は修復以前のものを掲載してみました。

    でも、神様のピンクの御衣はかわいらしいですね〜。

    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 14:37 * comments(0) * trackbacks(0) * -

    スポンサーサイト

    0
      スポンサードリンク * - * 14:37 * - * - * -

      comments

      entry your comments









      trackbacks

      このページの先頭へ