<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 短歌:師走ノ夕陽ヲ詠メル | main | "A Remark You Made" by Weather Report(『お前のしるし』 by ウェザー・リポート) >>

『干し草車(風景−昼)』 by ジョン・コンスタブル

0
    季節は春、それとも初夏。画面左奥から右手前に流れる水は、穏やかにしてやさしく感じられます。それは、水にさす陽光のせいでしょうか。雲はゆったりと流れ、青空に様々な表情を与えています。
    牛に曵かれ川を歩む干し草車。岸を奔る狗の戯れ。そして、ここでは窺い知る事の出来ませんが、画面左に佇む家屋に暮す人々。
    総てがゆっくりと、しかしながら堅実な日々がおくられていると想われます。


    作品名:干し草車(風景−昼)
        The Hay Wain
    画 家:ジョン・コンスタブル
        John Constable
    美術館:ナショナル・ギャラリーイギリスロンドン
        The National Gallery, London, England


    描かれたのは画家の故郷、サフォーク州 / Suffolkはイースト・バーコルド / East Bergholt。流れる水はスタウア川 / River Stourと呼ばれ、描かれた家屋はウィーリー・ロットの家 / Willy Lott's Cottage。そして、それらは未だに描かれたままにある。

    特別な土地でなく、恐らく画家にとっても格別な想いがあるのでもないだろう。実際に画架を立てられた場所は、彼の父が所有するフラットフォード製粉所 / Flatford Millだった。

    恐らく、この作品が描かれた季節にその場所に赴けば、きっと作品と変わりない姿が観れるだろう。だけれども、それは、有名な画題に選ばれてから保存維持されているから、というそれだけの理由があるだけではない(実際にはナショナル・トラスト / The National Trustによってウィーリー・ロットの家 / Willy Lott's Cottageとフラットフォード製粉所 / Flatford Millは保存されているそうだ)。
    描かれようと描かれずとも、その場所は、この作品が描かれた時代から、何も変わらず、水は流れ、雲は流れ、人々の生活はそこにあるのではないだろうか。

    にも変わらずに、この作品に収められたものは、既に喪われてもう二度と手に入らないのではないか、そんな想いがします。

    そして、恐らくその想いは、この作品が描かれた当時、この作品を眼の前にしたヒトビトも抱いたのに違いない。
    と、いうのも、母国のロイヤル・アカデミー / Royal Academy Of Arts出品時(1821年)にはさしたる評価も得られなかったこの作品が、サロン / Salon de Parisに出品された時(1824年)は絶賛を浴びたからだ。

    きっと、わすれてっしまったもの、うしなってしなったものを想い出す、そのよすがとしての役割を、この作品が果たすからなのでしょう。例え、わすれてしまったもの、うしなってしまったものが、必ずしもこの作品に描かれていないとしても。

    下に紹介するのは、本作品が描かれた1821年に酒井抱一 / Sakai Hoitsuによって描かれた『夏秋草図屏風 / Flowering Plants Of Summer And Autumn』。ジョン・コンスタブル / John Constable酒井抱一 / Sakai Hoitsuは、洋の東西で同時代を活きた画家。自然を画題に選ぶその姿勢は、どこかに共通のものを発見出来ませんか?


    るい rui, the creature 4 =OyO= * criticism : art * 14:47 * comments(2) * trackbacks(0) * -

    スポンサーサイト

    0
      スポンサードリンク * - * 14:47 * - * - * -

      comments

      >故郷喪失者さん

      この作品を描いたジョン・コンスタブルは、当時の画壇の風潮とは一線を画して、自身の故郷の景物を描き続けた方だそうです。
      しかも、実際にこの土地を訪れた方の記事とかを読みますと、(作品と同じ光景がそのままにあるのにも関わらず)、その景色は美しくもなんともない。むしろ、画家が描かなかった光景の中に、美しいものを発見出来たそうです。

      だから、多分に画家は目の前の光景とは別のモノを描いてしまい、わたし達もそれを観てしまっているのでしょう。
      Comment by るい @ 2009/12/20 11:15 AM
      自然の「律」に素直に従って、迷う(自身判断)もなく、苦楽(感受)も無く、自己本位の呪縛からも開放される、「慾」にも「思い入れ」からも解き放たれた
      憧れの”自分”がそこにある、

      ような気がする・・誘われるような・・

      そんな 絵 ですな〜。
      Comment by 故郷喪失者 @ 2009/12/19 11:51 PM
      entry your comments









      trackbacks

      このページの先頭へ