ホームまで階段を一気に駆け下りて、今来たばかりの車輌に跳び乗る
跳び乗った勢いのままに、偶々、空いているスペースをみつけてどぉっと座り込む
肩でいきをしながら、思わず、両瞳を閉じて、両の掌で覆い隠してしまう
もう、観たくない もう、いやだ
永い永い時間、わたしの乗った車輌は停止したままだけれども、誰も訝しがらない
むせ返る様な己の体臭と雌の欲望にはち切れそうな女子学生の群れや
ちっぽけな携帯に己の感情を託そうとやっきになっているキャリア・ガールや
母である事はおろか、あやうくオンナである事をも放棄しそうな、子連れのオンナや
ここに乗っている彼女達の自信満々な表情は、どこから来るのだろう
ふと、気づくと、車輌は駅を離れて、疾り出す
発車のアナウンスとともに、ふたつの扉が閉まり出す
揺れる吊り輪のきしむ音に、「どこかつかみてをり」の波郷を思い出す
そして、わたしの前面にあなたが立っていた
両瞳を閉じて、両の掌で覆い隠してしまっていたわたしには、
みえないけれども そこに、あなたが立っていた
わたしよりも荒いいきで
わたしよりも深い哀しみをもって
何も語らず、わたし以外には眼もくれないで
そこにいるのは、あなた
あなたなの?
*〜〜〜〜〜*
誰もいない始発の早朝の列車の中で、
すみっこの壁際のボックス席で二人して
膝を抱え込んで眠っていた冬の朝もあったね
喧嘩した終電の夏の夜、一言もクチきかないで
相手の身体に脚が届かないのをいい事に、
真向かいの座席に座り込んで、蹴りあっていたね
*〜〜〜〜〜*
いつまで経っても、発車を告げるアナウンスが聴こえないので
彼女達はざわめきだす
その代わりに告げられる遅延の知らせに
彼女達は怯えだす
見ず知らずの赤の他人が逝なくなってしまって、
無様な肉塊になってしまった空想が、
ひた隠しに隠して来た各々の、秘密の不安がむくむくと頭を掲げる
車輌がターミナルに到着して、次々とオンナ達が降りて行く
雑踏のざわめきがひとしきり、
次から次へと告げられるアナウンスの狭間で
わたしの肩をかるく叩くヒトがいる
両の掌の覆いを外し、両の瞳を見開いてみれば、そこには独り
わたしは最後の乗客、
あなたの残像すらも、既に降りてしまって
ダイヤの乱れに奔走させられている駅員の
困惑の表情がひとつ、わたしの眼前に影を落としていた
反歌:駅で知る 人身事故の ざわめきに 昨夜君に 抗うを悔ひる