わたしに身をあずけているあなたは眠っているようだった
夢のなかに独りあそぶあなたは、いつしかわたしのなかにいる
わたしのはだに触れた頬や掌からゆっくりと侵入してくるあなたは
すこし呼吸が苦しそうだった
悪い夢はいつしか果てる そう、頸がはいりきってしまうまでの一瞬さ
大海原にうすい皮膜の様なさかなが一尾浮かんでいる
片方の眼に映るのはあおいあおい空とそこをわたるしろいしろい雲
片方の眼に映るのは深い深いみどりの底と群をなして泳ぐ魚群ども
彼は己の双方の瞳がとらえるそれぞれを理解出来ているのだろうか
もしかしたら、己も一片の白い雲と勘違いしているやも知れぬ
もしかしたら、己を群なして戯れる一尾の魚と想うやも知れぬ
だから、
そのうすい皮膜の様なさかなは幸福なのだ
己のともがらをいつでもどこにでもみいだせるのだから
例えそれが誤解であったとしても、誰がそれを責められようか
彼は二度と己のおやにもきょうだいにも出逢えぬさだめなのだから
あなたが夢のなかにいるあいだ、わたしはじっと独り
すえぬ煙草を咬わえている
にごった葉々の匂いのかわりに知るのは、むせかえる様なわたしの匂い
そして、咬む唇の弾力だ
あなたのほとんどは既にわたしのなかにあって、
あとはながくて頑丈な四肢がのこるだけ
もうすこしすればそれもわたしのなかにある
あなたはわたしのなかにあってそこに漂えばいい
そう あのうすい皮膜の様なさかなのように
そしてわたしがほんとうの海に辿り着いた時に
めざめればよいのだ。
うみでわたしはたまごを孵す
なんじゅう なんびゃく なんぜん なんまん なんおくの こどもたち
あなたもその一尾となって 海に還る
あなたのための大海原がまっている
それまではわたしの肚にいるがよい
そこで果てぬ夢のつづきを漂うのだ